その後警察は、過去の情報を精査する中で、ことし1月になって、当時、海に転落した車を見たという男性3人から具体的な話を聞き出し、4日車を引き上げました。
捜査関係者によりますと、3人は「車に乗っていた女性2人に声をかけようとして近寄ると突然車が動き出し海に落ちた」「怖くなったので通報せずに立ち去った」と話しているということです。
車が見つかった場所の周辺は、現在は立ち入りが禁止されていますが、当時は、若者が集まるスポットとして知られていました。
なぜ車は海に落ちたのか。
警察が、車の転落した経緯を調べるとともに見つかった骨の身元確認を進めています。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200305-00000438-knb-l16
富山県警は、「肝試し」「魚津市にいる」というキーワードから、2人は魚津市にある廃墟となった坪野鉱泉旅館跡に出向き、その後失踪した、という結論に至り、事件・事故の両面から捜査を行った。しかし事件から1年後である1997年(平成9年)5月4日時点で手がかりが何もないことが『読売新聞地方版・富山よみうり』にて、「少女不明から1年」と題して2日間に渡って地域ニュースの特集記事として報じられた[9]。
紙面では更に、女性の片方が所有し失踪当時運転していた乗用車も発見されていないことから、県警ヘリと山岳捜索隊を組織し、崖下など車が転落しそうな地点を捜索したが発見に至らず、当時の坪野鉱泉が暴走族のたまり場であったことから事件に巻き込まれた可能性もあるとした[9]。
また、記事中では、
坪野鉱泉旅館跡地は週末になると石川県、新潟県、福井県、岐阜県など他県からの暴走族が集会に集まる場所となっていること
地元民から治安上危険な場所として不安視される声が出ていること
敷地内はガラスが割られ、落書きされ、立ち入り禁止を示すロープなどは切断されるなど危険な場所となっていること
などが紹介された[9]。
その後、新潟少女監禁事件の発生を受け、2000年(平成12年)に富山県警がこの失踪事件の捜査について再確認を行ったことが『北日本新聞』で報じられた[10]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%AA%E9%87%8E%E9%89%B1%E6%B3%89
なにも起きないハズがなく…
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Source: 暇人\^o^/速報
【未解決】富山2少女不明事件の全貌が明らかとなる