十大ヤベー事件「北九州一家殺人事件」「女子高生コンクリート詰め事件」「三毛別羆事件」「津山三十人殺し」「神戸連続児童殺傷事件」

1: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/04/15(月) 16:13:54.384 ID:DdjzDt95r.net 
あと1つは?ちな国内で

北九州監禁殺人事件(きたきゅうしゅうかんきんさつじんじけん)は、2002年(平成14年)3月以降に[1][2][3][4]福岡県の北九州市小倉北区で発覚した監禁・連続殺人事件。

人の弱みにつけこんで監禁をして金を巻き上げ、拷問と虐待によってマインドコントロール下に置き、お互いの不満をぶつけさせることにより相互不信を起こして逆らえなくし、被害者同士で虐待をさせることで相互不信を一層深くさせ、自分の手は汚さずに用済みとなった人間を殺害して死体処理を行わせた(裁判では6人の殺害と1人の傷害致死)。犯罪史上稀に見る凶悪犯罪とされ[5]、第一審で検察側は「鬼畜の所業」と被告人男女を厳しく非難した。2011年12月、最高裁判所によって主犯Xの死刑と共犯Yの無期懲役が確定した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E4%B9%9D%E5%B7%9E%E7%9B%A3%E7%A6%81%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

女子高生コンクリート詰め殺人事件(じょしこうせいコンクリートづめさつじんじけん)は、1988年(昭和63年)11月から1989年(昭和64年)1月の間に発生した猥褻略取誘拐・監禁・強姦・暴行・殺人・死体遺棄事件の通称である。

1988年11月25日夕方に埼玉県三郷市内の路上で被害者女子高生(事件当時17歳)が不良少年グループに拉致され、約40日間にわたってグループのたまり場だった東京都足立区綾瀬の加害者宅に監禁されて暴行・強姦を受け続け、1989年(昭和64年)1月4日に加害者グループから集団リンチを受けて死亡、遺体をコンクリート詰めにされて東京都江東区内の東京湾埋立地に遺棄された[判決 1]。1989年(平成元年)3月以降、別の強姦事件で逮捕された加害者少年らが事件を自供したためにその全容が判明した[新聞 3][新聞 4]。

刑事裁判における事件番号は第一審・東京地方裁判所では平成1年(合わ)第72号[判決 1]、控訴審・東京高等裁判所では平成2年(う)第1058号である[判決 2]。

本事件は非常に残忍・凶悪な少年犯罪として日本社会に大きな衝撃を与え、加害者少年宅に被害者少女が長期間監禁されていたにも拘らず、その加害者の両親も含めて少女の命を救えなかった点に激しい非難・疑問の声が上がった[新聞 5]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E5%AD%90%E9%AB%98%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E8%A9%B0%E3%82%81%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん)とは、1915年(大正4年)12月9日から12月14日にかけて、北海道苫前郡苫前村三毛別(現:苫前町三渓)六線沢[注釈 1]で発生した、クマの獣害としては日本史上最悪の被害を出した事件。六線沢熊害事件(ろくせんさわゆうがいじけん)、苫前羆事件(とままえひぐまじけん)、苫前三毛別事件(とままえさんけべつじけん)とも呼ばれる。

エゾヒグマが数度にわたり民家を襲い、開拓民7名が死亡、3名が重傷を負った。事件を受けて討伐隊が組織され、問題の熊が射殺されたことで事態は終息した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%AF%9B%E5%88%A5%E7%BE%86%E4%BA%8B%E4%BB%B6

津山事件(つやまじけん)または津山三十人殺し(つやまさんじゅうにんごろし)は、1938年(昭和13年)5月21日未明に岡山県苫田郡西加茂村大字行重(現・津山市加茂町行重)の貝尾・坂元両集落で発生した大量殺人事件。一般には津山事件と呼ばれ、犯人の姓名を取って都井睦雄事件ともいう。

犯行が行われた2時間足らずの間に28名が即死し、5名が重軽傷を負った(そのうち12時間後までに2名が死亡)。なお、犯行後に犯人が自殺したため、被疑者死亡で不起訴となった。

横溝正史の小説『八つ墓村』、および西村望の小説『丑三つの村』のモチーフになった事件である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%A5%E5%B1%B1%E4%BA%8B%E4%BB%B6

神戸連続児童殺傷事件(こうべれんぞくじどうさっしょうじけん)とは、1997年(平成9年)に兵庫県神戸市須磨区で発生した当時14歳の中学生による連続殺傷事件。少年が名乗った名前から別名『酒鬼薔薇事件』『酒鬼薔薇聖斗事件』とも呼ばれる。

数か月にわたり、複数の小学生が被害を受け、2名が死亡し、3名が重軽傷を負った[1]。通り魔的犯行や遺体の損壊が伴った点、特に被害者の頭部が「声明文」とともに中学校の正門前に置かれた点、地元新聞社に「挑戦状」が郵送された点など、強い暴力性が伴なう特異な事件であった。また、犯人がいわゆる「普通の中学生」であった点も社会に衝撃を与えた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%88%B8%E9%80%A3%E7%B6%9A%E5%85%90%E7%AB%A5%E6%AE%BA%E5%82%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6

6: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/04/15(月) 16:15:07.347 ID:VgRLiln50.net
北九州はマインドコントロールのやつか?

23: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/04/15(月) 16:21:48.970 ID:cirXMDwI0.net
羆事件のwikiはつい定期的に読んでしまう

31: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/04/15(月) 16:23:56.040 ID:ASWEz9ikd.net
九州のやつって子供に子供殺させたんだっけ? 
やばすぎでしょ

続きを読む

Source: 暇人\^o^/速報
十大ヤベー事件「北九州一家殺人事件」「女子高生コンクリート詰め事件」「三毛別羆事件」「津山三十人殺し」「神戸連続児童殺傷事件」